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会員を初めとする皆さんが浅間山の想いを、綴るコーナーです。
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浅間山の想い

浅間山におけるユキワリソウの生活史(1

独立行政法人国立環境研究所
下野綾子

私は、2000年から2005年の5年間の大学院時代に、浅間山をフィールドとし、ユキワリソウ(サクラソウ科サクラソウ属)の生活史を調査してきました。5年間というのは、たとえ1種でも、その生活史の全容を明らかにするのに十分な時間ではありませんでしたが、それでも色々なことが分かってきました。ここでは、私がユキワリソウから教えてもらったことを少しずつお伝えしていきたいと思います。

対象種としたユキワリソウは北海道から九州の山地から高山帯に分布し、中部の山岳を中心に比較的普通にみられる異型花柱性の多年生草本です。ユキワリソウのライフサイクルを紹介します(図1)。雪解け直後に展葉し、花茎を延ばします。5月の終わりから6月にかけて開花し、夏の終わりには果実が稔り、頂上が割れて種子が散布されます。秋には地上部が枯れ、地表面に形成された休眠芽の状態で越冬します。

浅間山では、ユキワリソウは湿地、草原、岩場など様々な環境で豊富に見られます。そこで、生育環境の違いがユキワリソウの生き様にどのような影響を及ぼすのか検討できるよう、対照的な2箇所の生育地−平坦で植被のまばらな湿地草原(湿地:図2)および南西斜面に面する植被の高い高茎草原(草地:図3)−を選びました。

4に調査地の地表面温度の最高温度および最低温度の季節変動を示しました。湿地は平坦な地形のため冬期間は厚い雪に覆われ、地表面温度は0℃に保たれています。それに対し、急斜面の草地は積雪量が少なく冬期に地表面温度が零下になりますが、湿地よりも雪解けが早く春先の地温は高くなります。

この環境の違いがユキワリソウの生活史にどのような影響を与えているでしょう。一番分かりやすいのが開花季節です。よく知られている例として、春になるとサクラの開花が南から北へと順番に報じられますが、温度は生物の季節を支配する最も大きな要因の1つです。特に春季の開花タイミングは温度が強く影響していることが知られています。ユキワリソウも春に咲く植物です。その開花は温度の効果が大きいに違いありません。2001年から2003年の間、湿地と草地の両調査地でプロットを設け、そのプロット内の開花個体の花数を数え、各花がいつ咲いたか記録しました。図5Aは全花数のうち咲いた花数の割合(開花率)と日付の関係を示しています。雪解けの早い草地で開花が早いことが分かります。しかし、開花率と雪解け後の地表面温度の積算値の関係を見てみると(図5B)、湿地と草地でほとんど違いが無いことが分かります。従って、開花時期のずれは雪解け時期の違いにより生じていることが明らかになりました。

さて、2002年は開花率の調査が途中で止まっています。というのも浅間山の火山活動が活発化して1ヶ月ほど入山が規制されたからです。私は、入山規制が発令された日も調査をしていましたが、浅間山に設置してある火山監視用設備のスピーカーから「下野さん、ただちに山小屋に戻ってください」と放送が流れたときは驚きました。入山が規制されるのは寂しいことですが、浅間山とのお付き合いは、地球が活動していることを実感できる大きな醍醐味があります。他の山ではそうそう経験できない体験をさせてもらいました。

なお、2002年は湿地の開花率が例年になく低い状態でした。開花のピーク時期でも0.5程度しかありません。つまり蕾があるのに、半分近くが開花せずに枯れてしまったのです。2002年は雪が少なく、雪解けが早い季節でした。しかし雪解け後あまり気温が上がらない日が続いたため、湿地の蕾は凍害を受けたのではないかと考えています。なお、草地では開花率の低下は観察されませんでした。草地はもともと積雪が少なく冬季から春先は低温にさらされます。草地のユキワリソウには湿地のものより寒さに対する耐性があるのかもしれません。しかし、この点は想像の域を出ませんので、更なる調査の継続が必要でしょう。

生物は、毎年毎年違う姿を見せてくれます。何年も付き合わないと分からないことがたくさんあります。私の浅間山とユキワリソウとの付き合いはまだ始まったばかりです。今後もお付き合いは続くと思いますが、これからどんな顔を見せてくれるのか楽しみです。

テキスト ボックス: 開花率

浅間山におけるユキワリソウの生活史(2

ユキワリソウは異型花柱性という特殊な繁殖システムを有し、種内に柱頭が長く葯が低い長花柱花、柱頭が低く葯が高い短花柱花の2つの花型が存在します(図1)。
 異なる花型間で交配が行われると種子ができ、自分自身または同じ花型とでは種子ができません。つまり異型花柱性は自家受粉や近親交配を防ぐ仕組みです。この仕組みがうまく機能するためには、花粉を運ぶポリネーターが豊富にいることが重要です。またポリネーターが豊富にいるためには、春〜秋にかけて利用できる花資源が豊富にある生態系が保たれていなければなりません。
 ユキワリソウの異型花柱性がうまく機能しているか確かめるために、異型花同士の人工授粉、同型花同士の人工授粉後袋がけ、自家授粉した後袋がけ、放任(自然状態)の花を作りました(図2)。結実期に回収して種子を数えたところ、同型花や自花の花粉では種子生産はほとんど見られず、異型花柱性の繁殖システムが機能していることを確認することができました。
 一方、異型花同士の人工授粉では自然状態とほぼ同数の種子生産が見られ、ポリネーターのサービスが十分あることが伺われました。ポリネーターとして有効だと考えられた昆虫はネウスオドリバエとビロードツリアブです(図3)。
 観察を続ければ、有効なポリネーターは他にも見つかるかもしれません。
今後も、この場所がポリネーターのサービスが十分ある生態系であり続けてほしいと思います。